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  1. 二紫会経済学(1)
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推薦図書(101)

 投稿者:73年度生山崎博之  投稿日:2017年12月24日(日)10時15分24秒
返信・引用
  『鉄客商売』(唐池恒二・・16年5月)

JR九州ってとても元気な会社なのだそうですね。そんなこと全然知らなかった小生でも「ななつ星」とうい豪華列車の人気が高く予約が取れないこと位は知っていました。
日韓国際航路の開設からお荷物だった外食部門の黒字化、行列のできる居酒屋の東京進出や国内最大級の駅ビル型複合施設・・・。JR九州で社長を務め現在会長である唐池氏の笑いと涙と感動、そしてためになるお話。こんなビジネス書、見たことない!
 
 

良い年を迎えてください。

 投稿者:二村重博  投稿日:2017年12月23日(土)19時31分57秒
返信・引用
   シリーズ「うつりゆく時代」の今年の書き込みは、この25号で最後とします。新年からは本題に戻り、「人工知能AIの事例」の続きを書き込む予定です。
 それでは、風邪などひかないよう注意して、良い年を迎えてください。  二村
 

うつりゆく時代(25)休憩 ④ 2045年の社会 

 投稿者:二村重博  投稿日:2017年12月23日(土)19時27分8秒
返信・引用
  (4)2045年の社会
 2005年にレイ・カーツワイルは、2045年にはコンピューターの非生物的知能が全人類の知能総計を超える技術的特異点(テクノロジカル・シンギュラリティ)に達すると言いました。この項目では4人の論文がありますが、以下ではこのシリーズと関係する2人の論文を取り上げます。

 塚越健司氏(学習院大学非常勤講師)は、「二〇二〇年、二〇三〇年、二〇四五年の社会――人工知能と人間の主体性」というタイトルで、人工知能と人間の関係を論じています。
 現在のアメリカでは、多くの人がフェイスブック経由でニュースを見ていますが、記事の選定は人工知能が担っています。その結果、「嘘」のニュースも読ませることになり、塚越氏は、直近では「脱真実(ポスト・トゥルース)時代を人工知能が後押しする点が危惧されている」(94頁)と言っています。
 15年後の2030年については、「アルゴリズム独裁」の状況を危惧しています。(アルゴリズムとは、特定の問題を解くための数式または一連の規則や手順のことで、AIはアルゴリズムを通じ、質問への回答や問題への解を見つける手順をコンピュータへ伝達します。『東洋経済特別編集』2016年16頁)人工知能は人間が設定したアルゴリズムに基づいて機械学習を行いますが、設計者の(意識的か無意識的かに関係なく)偏見を排除することは困難です。塚越氏は、2030年は「人工知能によってもたらされる利便性と引き換えに、人工知能(と一部の企業)が我々の無意識に絶大な影響力を及ぼす社会が想定される。・・・人工知能に依存した社会は、そのアルゴリズムの正当性を判断する我々の判断にも人工知能が利用されるという、入れ子構造を前提とする。当然のごとく、人工知能は我々の意志に深く関与しはじめる」(95頁)と言っています。
 2045年までには、人工知能はディープラーニングの技術によって人間の「概念」に相当するものを獲得していることと、人工知能の思考方法は人間の「因果関係」の分析から「相関関係」の分析に移っていることが考えられます。人工知能と共存する社会になればなるほど、人間の主体性が問われることになると言っています。「筆者の立場は人工知能楽観論でもなければ人工知能脅威論でもない。もちろん人工知能による我々の意志決定への介入は、アルゴリズム独裁の延長線上に位置する重大な問題である。だがそのような問題を意識すればこそ、人は自らの主体的意志を見出そうとする存在ではないか。人工知能を鏡のように見つめることで、自らを改めて見直していくこと、このようなプロセスが人間の認識を更新するという、単純な事実を見逃してはならない。これは人間に理解不可能な人工知能を、人間との対比で理解しようとする努力でもある」(97頁)と。

 井上智洋氏(駒沢大学講師)は、「社畜のみなさんへの残念なお知らせ―?AIは労働や生活をどう変えるか」というタイトルで、AIがどのように人間の仕事を奪っていき、人間は何をするのかということを論じています。
 これまでの技術の変化は、自動車が馬車の御者の仕事を奪ってきたように、人間の仕事を奪ってきましたが、機械と人間が代替的ではなく御者は別の仕事に労働移動することができました。しかし、人工知能(とロボット)がこれまでの技術と違うのは、これは初めから人間に似ることを目指した機械だということです。現在のAIは「特化型AI」ですが、将来人間のような汎用的な知性を持つ「汎用AI」が出現すれば、人間は「逆チューリング・テスト」を受けることになる、と井上氏は言っています。つまり、機械との競争に負けた労働者は労働市場から退出することになります。このように、経済活動の多くを人工知能に任せてしまうと、労働者は賃金がもらえません。
 井上氏は、このような経済では「ベーシックインカム」で収入を得る方法があると提案しています。このような社会では、「近代はあくせく働いてより多くの賃金を得ることが美徳とされている奇妙な時代である。これは産業革命以降に極度に肥大化した価値観に過ぎない」(91頁)ので、「賃金奴隷」の価値観の転換が迫られることになります。
 労働が必要でなくなった未来の世界では、人は何をするのかということになります。井上氏はこの点に関しては古代ギリシャの社会が参考になるとして、「未来では、AI・ロボットを含む機械が、奴隷の役割を果たしてくれる。私達は、労働を機械に任せる一方で、古代ギリシャ人のように政治や芸術、学術、スポーツに多くの時間を費やすようになる」(91頁)と言っています。
しかし、これまでの「勤労道徳」がなくなったとしても、人間には「所属欲求」や他人から認められたいという「承認欲求」があり、これはなくなりません。そのため、古代ギリシャのような社会が実現するかもしれません。他方、承認欲求は完全に満たされることがないのでこの欲求をバーチャルリアリティ(VR)の世界に向ければ、VR内は誰も傷つかない優しい世界になりますが、「VRに一生ハマり続けて良いか否かは人類に残された最後の論題となるだろう」(92頁)と問題提起もしています。
 

新町祭

 投稿者:5期生 ひろせ  投稿日:2017年12月17日(日)12時48分16秒
返信・引用
  昨日は新町祭。
ペットボトルを利用した3万個のキャンドルの優しい光に癒されました。

来月には新島先生のお墓まいりをします。
日時が決まれば、御案内します。
 

うつりゆく時代(23)休憩 ③ 音楽等と人工知能 

 投稿者:二村重博  投稿日:2017年12月16日(土)20時20分0秒
返信・引用
   ここで取り上げている『世界思想 44号』の「人間とロボットの未来」の項目には4人の論文がありますが、内容はここでの問題と離れるので割愛し、次の「芸術と人工知能」の項に移ります。4人の論文がありますが、このシリーズとの関係で以下二人の論文を取り上げます。

(3)音楽等と人工知能
 まず、岡田暁生氏(京都大学教授)は、「人工知能はモーツァルトを超えられるか?」というタイトルで、音楽は人間が主体となって作るから音楽なのだという考えから、人工知能をみています。
 岡田氏は、「人工知能による作曲」は人間がこれまでしてきたことの延長にすぎないので騒ぐほどのことでもない、マックス・ウェーバーが『音楽社会学』の中で確認したように西洋音楽の特質の一つは合理化であり、五線譜という一種の方眼紙に記譜するという発想自体がデジタル的だ、と言っています。つまり、西洋音楽の作曲行為は「パターン抽出ならびに順列組み合わせの可能性探求の歴史」(64頁)だったとし、ベートーヴェンのソナタ形式における動機の展開のやり方、パリ音楽院の教授法の一つ、小室哲哉の「売れ線パターン」の合成による作曲、ドイツの前衛作曲家バルローの「機械ピアノのための変奏曲」の例を挙げています。
 このように人工知能が作曲らしきことをするのは驚くことではありませんが、大切なのはパターンを抽出して組み合わせる条件を作るのは「生身の人間だけ」だということです。つまり、人工知能が「芸術家」になるためには、自分で「条件づけ」ができないと創造性が生まれませんから芸術ではないと言っています。「『創造性』とは、パターンを熟知したうえで、そこから逸脱してみせることによって生まれる。人工知能がビートルズそっくりの新曲を作ったとしても、それはパターン内でのトートロジーにすぎない」(65~66頁)から、人工知能には難しい、と言っています。
 岡田氏はこのように、人工知能による自動作曲自体は作曲家の手間を省いてくれても、それ自体の創造性はないとしながら、他方で、世の多くの人は人工知能が音楽を作ったと判断してこの「音楽もどき」を音楽と受け入れてしまう、と心配しています。つまり、「人工知能が人間並みの能力を持つことよりも、人間の知能が人工知能並みに低下してしまうことの方が、私にはよほど怖い。ただしその兆しはもう既に現れ始めているような気がする」(67頁)と。

 次に、夏目房之介氏(学習院大学教授)は、「善悪がわかるアトムの悩み」というタイトルで、手塚治虫のアトムからAI時代を論じています。
 アトムには人間をはるかに超えた能力がありますが、「人間の心の善悪を感じ取る」という能力も与えられました。夏目氏によれば、『アトム大使』(1951~52年)では、宇宙人を助けたり、『鉄腕アトム』になってからでも怪しい人間を見抜いたりできましたが、悪い大人にだまされることになります。
 問題は、なぜ手塚がロボットとしての少年にこのような能力を与えたかということです。
  夏目氏によれば、考えられる一つは、人類と宇宙人の葛藤、戦争、和解の物語の中で人間でない機械が善悪を見抜く調停者として登場したのかもしれませんが、『火の鳥 未来編』(1967~68)では人工知能が暴走し戦争になる話も描いています。
 結局夏目氏は、手塚が古典的な科学思想に影響されたのではないかと考えています。「一九世紀に確立する科学思想とは、推論と検証による『真理』の探究であり、『自然』を解き明かし、それを造り給うた『神』と最終的に合一し、証明するものですらあった」(79頁)というように、昭和初期の「科学思想」に影響されたということです。そのため、「手塚は心を読むだけではなく、その正邪を判断する能力をアトムに与えた」(80頁)ことになりますが、善悪を判断するためにはそのための論理や条件が必要になります。しかし、アトムは「まさに『子供』なわけだが、大人の目からすれば『子供』の『正義』ほど危ないものはない。まして、アトムのように巨大な力をもっており、しかもしょっちゅう大人にだまされている子供の『正義』であるから、現実の社会では危険きわまりない」(80頁)として、ディープラーニングの高度な発展と結びつけています。
 しかも高度な判断を求められる時、その基準は普遍的な「正しさ」でなく、相対的な「正しさ」であり、その基準は人間が決めるしかありません。「多分、アトムでもそんな場面ではひどく悩み、『ぼく、わかりません!』と、あの情けない顔で叫ぶに違いない」(81頁)として、解けない問題に悩むヒーローだとしています。
 このように夏目氏は人工知能と善悪の問題解決について、「かつて『科学』には究極的に『解けない問題』はないと信じられた。だからこそ、普遍的な『真理』ですら解明できるという希望をもったのだろう。戦前の古典的な『科学思想』に影響され、戦後に生まれたアトムは、彼自身の物語の検証によって、それが不可能であることを証明したのかもしれない。・・・素人考えで極論をいってしまえば、アトムのご都合主義的でその場その場でかわる判断は、人工知能にとっても、けっこうリアルな話なのかもしれないな」(81頁)、と結んでいます。
 

福井県へ行ってきました

 投稿者:73年度生山崎博之  投稿日:2017年12月10日(日)14時17分10秒
返信・引用 編集済
  初めて福井県へ行ってきました。いや学生時代に福井大学の剣道部と合同練習をしたことがあるから正確には二度目か。でも観光は初めてです。
福井と言えば越前。歴史好きの小生が連想するのはまず戦国時代の朝倉義景、静岡の今川義元と共に信長に滅ぼされた残念な武将です。そのあとは秀吉に滅ぼされた柴田勝家。幕末になると四賢侯の一人の松平春嶽、その懐刀の橋本佐内。龍馬と親しかった由利公正・・・。こう考えるとなかなか興味深い県ですね。幸福度ナンバー1の県でもありますしね、廣瀬君。

さてこの度は、静岡経済同友会の代表幹事が素晴らしい越前ガニを是非皆さんに食べてもらいたいと、企画された旅行でした。
越前ガニを証明するタグ付きの最高のカニを食べて、恐竜博物館(一度は行く価値がありますぞ。)を見て、谷口屋の分厚い油揚げを食べて、越前竹人形をみて、楽しい旅を満喫してきました。
竹細工のカマキリ、繊細でしょ?
 

うつりゆく時代(22)休憩 ② 人間を超えるか

 投稿者:二村重博  投稿日:2017年12月 9日(土)18時25分37秒
返信・引用
  (2)人間を超えるか
 この項目では、4人の論文がありますが、直接関係ない一つは割愛して3人の論文を以下取り上げます。

 まず、茂木健一郎氏(脳科学者)は、「人工知能とフロー体験」というタイトルで、人工知能の研究開発は、これからの文明における必須な「空気」製造機という側面もあるが、この工学的な意味合いを超えた、深い哲学的な意味があると論じています。なぜなら、「人工知能は、人間が、自分自身を理解したい、という強い欲望に基づいて、構築するもの」(25頁)だからです。

 知能と生命
 知能についての近代的な研究では、異なる分野の知能に共通する因子(g因子)があり、「目の前の課題に対して脳のその計算資源を動員する、『集中力』に関わっている」(26頁)ものです。この集中という働きは人工知能が得意とする分野であり、人間は最初から人工知能の相手になりません。
 一方、生命ないし意識を考えたとき、生命にとって知性は必ずしも必要ではなく、現在の人工知能は生命の在り方に接続していくものではありません。茂木氏は、「生命にとっての最大の、そして唯一の価値とは、自己保存、そして、繁殖である」(27頁)とし、「生命が生き延びるために必須なのは、『器用さ(dexterity)』である。環境から入ってくる情報をリアルタイムで処理し、それに対して器用に対応する。必ずしも『知性』は必要ない。むしろ、知性は邪魔になることもある」(28頁)と言っています。
 人工知能が卓越した能力を示すのは集中できるからですが、意識は「生きる」ことのために進化してきたのであり、知能を支えるためではありません。意識は、何かに集中することに意味があるのではなく、並列的に様々なものを把握することに意味があります。「集中と並列。ここに、人工知能と意識、ないしは生命の対立軸がある」(28頁)ことになります。そして、「私たちの認知プロセスは、視覚的アウェアネスの中にある情報をすべて反映し切れてはいない。視覚的アウェアネスの本質が、それを認知的に処理しきれない『オーバーフロー』にこそあるということを示している」(28~29頁)と言って、知性に必要な情報と生命ないし意識に必要な環境からの情報との違いを指摘しています。
 「過剰な情報を、そのすべてではないにせよ、ベストエフォート方式で活かし、反映させて適切な行動に結びつけるという命題の解決が、意識であり、その拘束条件は、ビッグデータを統計的学習則で処理するという人工知能の置かれている拘束条件とは異なる」(29頁)ので、「その限りにおいて。人間を映す鏡としての人工知能には、大きな欠損があるということになる」(29頁)と茂木氏は指摘しています。

 次に、谷口忠大氏(立命館大学准教授)は、「人工知能は言語を獲得できるか」というタイトルで、人工知能の進歩により画像や音声の認識精度は向上したが、人工知能は言語を扱えるようになるのかどうかという問題を論じています。
 言語は人間と他の動物を分けるものとして考えられてきました。つまり、「文法・論理や表現の社会的要素、単語の組み合わせにより柔軟に意味表現を変化させる自由度などを含んだ、いわゆる言語は人間のみがもつとされる」(34頁)ということです。この人間と動物を分かつ境界線が、同じように人間と人工知能を分かつものかどうかということが問題になります。文法処理や論理的処理という意味では、これはコンピューターの得意な分野になります。論理や文法では人間とコンピューターを分けられないので、境界を持つものは何かということになります。谷口氏は、「それは、実世界の曖昧さであり、実世界で生きていくということだ」(35頁)とし、実世界の中で人間と共同作業ができるロボットは、まだ、ほとんど見当たらない、と言っています。その理由は、「人間の言語は個体発生の視点では発達を通じて獲得したものであり、系統発生の視点では集団として環境に適応するために生み出されてきたものである。常に実社会と繋がってその上で生まれてきた」(36頁)からです。
 人工知能の基本問題の一つに記号接地問題 (Symbol Grounding Problem) があります。これは、「人工知能の頭にもたせた知識表現をいかに現実世界の事象と紐付けさせるかという問題」(36頁)、つまり、いかに人工知能と現実との「つじつま」を合わせうるかという問題です。谷口氏はこの問題設定自体が問題で、人間が言語を獲得したと同じプロセスをコンピューターにも歩ませることが必要だと考えています。これを「記号創発ロボスティック」と呼んでいます。そのためには、人工知能はセンサ・モータ系(感覚運動系)を持つことが必要で、これによって人工知能は実世界と繋がり、人間と実世界を共有し、言語を用いたコミュニケーションを可能にできる、と谷口氏は言っています。
 言語処理と言語獲得は違います。言語処理では人間が得たデータや設計によって処理することになりますが、言語獲得は人間の子供のように、ロボット自身が得た音声情報や実世界の経験を通して得た知識が必要になってきます。
 「人工知能は言語を獲得できるか」という問いに関して谷口氏は、「まずは直球で言語を獲得できるロボットを作ろうと挑戦し続ける必要がある。・・・ロボットが言語を獲得することは未だチャレンジングな問題ではあるが、『第四次人工知能ブーム』の頃には、もう少しハッキリしたことが言えるように挑戦を続けたいと思う」(38頁)と言い、この問題の難しさを指摘しています。

 さらに、斎藤環氏(筑波大学教授)は、「AIが決して人間を超えられない理由」というタイトルで、その理由を説明しています。
 AIが人間を超える(支配する)という考え方は、レイ・カーツワイルの「技術的特異点(シンギュラリティ)」の概念にあります。また、ホーキング博士も「完全な人工知能を開発できたら、それは人類の終焉を意味するかもしれない」と言っています。これに対し斎藤氏は、補助ツールとしてのAIの価値は評価しつつも、AIが人間を超えるという発想は、知能の高い人がいだきがちな万能感の変形に過ぎなく、「人間型の総合的知性として、人間を凌駕する日は決して訪れない」(40頁)と言って、その理由を以下のように説明しています。
 斎藤氏は、もしAIに人間型の知性を持たせたければ選択肢は二つしかなく、それは、「中国語の部屋」タイプの知能の構築か、人間の脳と心をシミュレートして、強いAI、つまり「人工汎用知能」や「合成知能」を作成するしかない、と言っています。(「中国語の部屋」とは、部屋の中と外で漢字で書かれた紙きれを通じてやり取りがなされるが、中の人は外から差し入れられた漢字の羅列をみて、マニュアルに従って返事を書いて返すので、外の人は中の人は中国語を理解していると思いますが、中の人は全く理解していない、という哲学者ジョン・サールの例です。)斎藤氏は、前者については、AIが「意味」を理解しないことを示していますが、人間のやりとりには人間関係というコンテクストがあり、これは実質的には無限にあるので、AIが有史以来の全人類のコミュニケ―ションを記録していたとしても不可能だ、と結論付けています。後者については、知性をシミュレートするアルゴリズムを作成するためには、「意識」や「意味」の成立を科学的に解明する必要があるが、これも不可能だ、と結論付けています。脳の機能は、脳神経の構造だけでなく、中枢と抹消の関係までも完ぺきに再現する必要があり、これは困難だからです。
 AIは論理と確率と統計だけは使えるが、意味がわかっていないというこの問題は、「フレーム問題」や「記号接地問題」とも関係してきます。それでは「意味」とは何でしょうか。斎藤氏は「意味とは、ある刺激が別の刺激に結びついたときに生ずる認識のことだ。意味は『AとはBのことである』という形式でしか記述できない。同様に『(意味が)わかる』とは、未知の刺激が既知の刺激に結びつくことで生じる認識である」(42頁)とし、AIは人間にはわかる「A=B」を判断することができないとしています。
 斎藤氏は、「神は自らに似せて人を作ったというが、人間は自らに似せたAIを作りたがる。そこにはおのれの鏡像に魅せられるナルシシズムと、神の真似事をしてみたい万能感が垣間見える。しかし繰り返すが、AIの真価は、その類い希な記憶と計算力によって、人知を補完することまでだ」(43頁)と結んでいます。
 

小川榮太郎氏 VS 朝日新聞

 投稿者:73年度 山崎博之  投稿日:2017年12月 6日(水)13時47分7秒
返信・引用
  小川氏と朝日新聞のバトルが始まりました。
興味のある方は下記アドレスにアクセスしてみてください。

http://psij.or.jp/2017/12/06/20171206_02-2/
 

Re: 推薦図書(100)

 投稿者:73年度生山崎博之  投稿日:2017年12月 5日(火)19時32分1秒
返信・引用 編集済
  > No.4236[元記事へ]

8期生 キノウチさんの発言へのリプライです。

> 山崎先輩、
> 推薦図書100おめでとうございます。
> 誰もなしてないことを実現されてます。
> そこで、恐れ入りますが、
> 簡単に「森友、加計事件」に書かれている内容についてコメントをお願いできないでしょうか?


そもそも朝日新聞は第一次安倍内閣発足時に「安倍叩きは朝日新聞の社是」とか「安倍内閣の葬式はうちで出す」と公言していたように、憲法改正を目指す安倍内閣を倒すことを目的としている新聞社です。
この本を読むと、朝日新聞は民進党(旧)と、NHKは共産党と繋がっていることが分かります。日本のマスコミの現状はかなり深刻ですね。

・森友学園は結局一学校法人の経営者が学校法人の仕組みを使って補助金をだまし取ろうとした詐欺事件。
その過程で、安倍晋三総理夫人の昭恵氏が関わっとぃたとか、国民の財産である国有地が不当に安き払い下げられたとか、その買戻しを巡って財務官の官僚が安倍総理の意向を「忖度」したと言われているが、朝日新聞は安倍夫妻があたかもそれに関与していたかのような印象操作をしているだけ。
因みに後日分かったことですが朝日系のテレビで、建物に実際には「瑞穂の国 記念小学校」と書いてあるのに合成写真をつくり「安倍晋三 記念小学校」と放映していたことが分かっています。
・加計学園問題では、<朝日新聞は入手したスクープ文書の写真を一面左に大きく掲載しているのに、周囲に黒い円形のグラデーションを掛けて、一部しか見えないよう細工を施している。隠している文言は「『国家戦略特区諮問会議決定』という形にすれば、総理が議長なので、総理からの指示に見えるのではないか」。これは何としたことか。「総理のご意向」が書かれた同じ文書のすぐ下に、「総理が議長なので、総理からの指示に見えるのではないか」と書かれている。もし「総理の指示」があったらこういう言い方にはなるまい。指示がなかったからこそ「総理からの指示に見える」ような操作が必要だーーこの文書はそう読める。
朝日のスクープは、黒い影でこの部分を隠したのである。>ところがいまだに未公開になっているのだそうです。<なぜか。文書全文を報道すると、朝日が贋造した「安倍スキャンダル」が雲散霧消してしまうからだ。>
と、まあ書き出したらきりがないほど悪質です。

テレビや新聞よりもネット情報のほうが信用できるのかもしれません。
 

ココロとカラダの健康(らいばるは制限時間)

 投稿者:1976年 臼井  投稿日:2017年12月 3日(日)16時23分9秒
返信・引用
  人間ドックの結果に背中を押され、還暦から始めたジョギングですが、勢い余り、服部緑地で開催された大阪リレーマラソンの5㎞走に挑戦しました。

距離走を時間計測するのは高校の体育以来のことですが、久しぶりに運動会に参加するようで楽しい気分の中でのスタートとなりました。

しかしながら40年超の年月は正直?残酷?なもので、思うがままに前に出ない足を励ましながら制限時間(40分)との戦いとなりましたが、何とか無事に時間内に完走できました。

次はフルマラソンか五輪聖火リレーかなどと痛い足をさすりながら、気のみ若返った一日でした。
 

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